「デザイン経営」宣言(2018年)の発表以降、デザインを経営資源として活用する動きが加速し、デザイン組織の構築に力を入れる企業も増えてきました。一方、デザイナーの評価方法・制度に関しては公にされているナレッジがまだまだ少なく、正しく評価できている(されている)という実感を持てない方も多いのではないでしょうか。

2021年5月13日、デザイン組織のナレッジ共有会「#デザナレちょい見せ」(主催:株式会社ビビビット)は「続・私たちはデザイナーを正しく評価できているか?」をオンラインで開催。

カシオ計算機株式会社、株式会社ディー・エヌ・エー、株式会社ツクルバの各デザインリーダーをお招きし、実際に運用しているデザイナー評価方法・制度をお話いただきました。本イベントの内容を一部抜粋してご紹介します。

【ゲストスピーカー(敬称略)】

  • 奈良 勝弘|カシオ計算機株式会社 技術本部 デザイン開発統轄部 第三デザイン部 部長
  • 楠 薫太郎|株式会社ディー・エヌ・エー ゲーム事業本部 デザイン部 部長
  • 柴田 紘之|株式会社ツクルバ creative室 室長

※カシオ計算機 奈良さんのライトニングトーク・Q&Aの内容は、同社機密保持の観点から本記事では非公開とさせていただきます。


デザイナーの成長を事業の成長につなげるための評価手法

株式会社ディー・エヌ・エー
ゲーム事業本部 デザイン部 部長
楠 薫太郎さん

ゲーム事業本部 ディベロップメント統括部 副統括部長、株式会社DeNA Games Tokyo 取締役。紙媒体のデザイナーからキャリアをスタート。ディレクター/デザイナーとして、Webやアパレル、音楽、映像コンテンツなどさまざまなプロジェクトに参画し、フリーランスを経て、2012年、DeNA入社。複数のゲームの立ち上げ / 運営や子会社の設立、デザイン組織の組閣、マネジメントなどを経験し今に至る。

DeNAのゲーム事業本部にはディベロップメント統括部というゲーム開発のクオリティを担保する組織があります。今回はこのディベロップメント統括部のなかにあるデザイン部での評価方法の話をします。

「スキルレベル軸」で評価する

ゲーム開発では必要な職能が多岐にわたります。一元的に評価することは現実的ではないので、各職能のトップクリエイターを選出して職能別でスキルレベルを定義しています。スキルレベルの定義は、全社的な評価制度であるジョブグレードに対応しています。

特徴的な定義の一つとして「キャリア」があります。クリエイターは一般的に手を動かしてアウトプットする職業というイメージが強いと思いますが、しかし経験を積み重ねるにつれて、直接的に手を動かすのではなくディレクションやマネジメントの役割に就く人が増えてきます。そういった人は、自分の意思決定を駆使してプロダクトのクオリティを上げたり、プロジェクトを推進していく能力が求められます。

そのためある程度ジョブグレードが上がると、「クラフトマン」「ジェネラル」というように同じジョブグレード内でキャリアが分かれます。そして、スキルレベルの定義にちゃんとキャリアの観点も組み込んで評価しています。

もう一点、「影響範囲」を定義しているのも特徴です。ジョブグレードが上がるにつれて、その人の仕事やアウトプットの影響範囲を広くしながら設計をしています。

例えば、Sランクのクラフトマンの影響範囲は「全社/市場/業界」です。業界の著名なクリエイターで、会社に所属しているだけで協業案件が生まれたり採用にもメリットがあったり、その人が描いた絵がもうIPになりますよ、といった能力感がSランクというふうに定義しています。

「事業/組織の貢献度軸」で評価する

インハウスデザイナーとして会社に所属している以上、スキルレベル軸だけで評価は完結しません。全社のMVVMission・Vision・Valueや事業/組織の目標に貢献できているか、マネージャーは必ずチェックしています。

例えば、事業/組織の目標が「適切なコストコントロールを行い適切な開発体制を構築する」だとします。

それに紐付く個人の能力の向上を「月間に制作されるアセットボリュームを増やすために使用アプリケーションの自動化を習得し、設計/実装する」と設定した場合、成果/アウトプットは「月間に制作されるアセットボリュームの向上と作業効率化による開発コストの削減」となります。

このように、個人の能力の向上が結果的に事業/組織の目標にアプローチしているかが重要です。個人目標を擦り合わせながら、定期的にマネージャーがチェックする仕組みになっています。

評価システムを運用するうえで大切にしていること

事業/組織への貢献という経験がデザイナーの糧になる
デザインはアートとは異なり、アウトプットはプロダクトやサービスに付随する形で価値を発揮します。それ単体では価値をはかれないことがほとんどです。

どんな事業/組織であっても、DeNAの外に出ても活躍できるように経験を積んで成長してもらいたいと思っています。

人の成長=事業/組織の成長
結局のところ、事業/組織は営む人の質で大きく結果が左右されます

なので、目の前の仕事をやるだけではなく、デザイナーも事業/組織の目標をちゃんと理解し「自分ごと化して成長する」ことが本当に大切だと思っています。

デザイナーのアウトプットについて
(ゲーム事業本部デザイン部では)アウトプットのクオリティそのものの絶対評価はしません。「なぜ/どのように/どうなった」の観点で、アウトプットまでのフローと結果を重んじて評価しています

ユーザーから高評価されていないもの、制作工数がかかりすぎているものは、いくら制作物自体がカッコよかったとしても開発に良い影響を与えないためです。

デザイナーは年2回実施する振り返り会において、マネージャーに対して「なぜ/どのように/どうなった」の観点でプレゼンを行っています。

評価そのものの工数が膨れ上がらないような仕組みを

他社様でも起こり得る話かと思いますが、「マネージャーは忙しくて大変」というイメージが強いため、マネージャーをやりたがらないデザイナーはかなり多いです。

そのため、評価そのものの工数が膨れ上がらないようにするなど、マネージャーの仕事が肥大化しないような仕組みをつくっていくことも組織を運営する立場として気を付けたいと思っています。

より良い仕組みをつくるために、これからもいろんなチャレンジを続けていきたいです。

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デザイン組織の立ち上げから学んだ、仕組みより大切なこと。

株式会社ツクルバ
creative室 室長
柴田 紘之さん
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デザイン事務所にてアートディレクターとしてブランディングを中心に広告、商品企画、プロダクト開発、プロモーションなどに従事。「働くってもっと自由だ」という考えのもと、自分たちの働き方もデザインの一部と捉え、自らの欲しい未来をつくるため2015年9月ツクルバに参画。2018年2月にcreative室 室長に就任。現職。

ツクルバのジョブグレード制度

ツクルバは「評価制度」「報酬制度」「ジョブグレード制度」の3つで全社共通の人事システムとなっています。

専門職群(デザイナー含む)のグレードは、J(ジュニア)グレードからES(エグゼクティブスペシャリスト)グレードまで5段階に分かれています。例えば、Jグレードは「社会人基礎を身に付けて自立できるようになる」などの役割が定義されています。

グレードの設計では、単純に作ったデザインが「イケてる/イケてない」という観点だけではなく、グレードが上がるほど「広義な意味でのデザイン」を求められる設計になっています。

3つの評価の仕組み

ツクルバの評価の仕組みとして、「コンピテンシー評価」「360°フィードバック」「評価会議」の3つがあります。

コンピテンシー評価では、期待される役割に応じた発揮行動を評価しています。会社として「こんな役割(グレードランク)の人にはこんな行動をしてほしい」という期待を具体化したものになります。

ツクルバでは、「対人・対課題スキル」と「専門スキル」を自身の保有する能力コンピテンシーとして定義しています。例えば、対人・対課題スキルや専門スキルが単純に高いからグレードも高いというわけではなく、「役割に基づいて適切な行動ができていたか」を評価しているものがコンピテンシー評価になります。

上長だけではなく、部下やナナメの関係者からのフィードバックによって、多角的な観点を獲得し能力開発を促しています

あくまで被評価者の能力開発を目的としているので、直接的に評価には反映せず参考情報として使用します。これにより、自分の強み・弱みを客観的に見ることができるようにしています。

社内ではGG(グングン)会議と言っていますが、半期に一度行っています。各社員の評価と報酬について評価者(マネージャー)と人事を交えて議論し、全社横断的に見渡したうえで決裁する会議です。

評価システムのつくりかた

僕がツクルバに入社した時は社員数がまだ10名弱ぐらいで、そこからデザイン組織をつくってきました。人事業務のどういう部分をデザイナーが担ったほうがいいのか、ポイントは3つあると考えています。

  1. 基本的な人事システムは、その道のプロに骨格をつくってもらう
    人事のプロは知識量が全然違いますし、組織規模に合わせたフレームワークもたくさん知っています。デザイナーが頑張ってゼロから考えるよりは、ちゃんとプロに骨格をつくってもらうほうがいいと思います。
  2. 会社のVISON/MISSIONを叶えるためにデザインが貢献できることを仕組みに落とす
    会社のVISON/MISSIONを叶えることに対して、デザイン領域で具体的にどういうアクションをすればいいのか、についてはデザイナーでないと語れないと思います。デザイナーは「デザインが貢献できること」を考えることにパワーを使うほうがいいと思います。
  3. みなが憧れるような仕組みに「デザインする」
    これはすごく大事だと思っています。評価のような人事の仕組みも、僕のなかではデザインの一つだと考えています。美しく、綺麗に機能するように、デザイン組織のみんなが憧れるような仕組みを「デザインする」という意気込みを大事にしています。

ちゃんと「公私混同」できる状態をつくる

「ツクルバの親父」と慕われている社外取締役の高野が、「評価面談の時に、お互いに喋る事がない状態が一番いい」と言っています。

つまり、「メンバーのWILLやりたいこと)』『CANできること)』MUSTすべきこと)』が普段からちゃんとクロスしている状態(※1)」と僕は解釈しています。
※1…Will Can Must:キャリアプランを考える際に用いる自己分析のフレームワーク。

そのために普段から、評価者は自己開示してメンバーとの関係の質を上げたり、メンバーのやりたいことを深堀りしてあげないといけません。そうしないと、ちゃんと「公私混同」できる状態をつくることはできません。メンバーがやりたいことやキャリアの成長を普段から掲げられる状態をつくることが本当に大事だと思っています。

メンバーによって、個性や育った環境、価値観、モチベーションの源泉などはそれぞれ違います。また、能力や価値観は仕事のなかで当然成長していきます。

このように個々人によって変数が多く、仕組みだけで人事課題を解決するのはほぼ不可能だと思っています。

結論として、仕組みより大事なことは「一人ひとりにちゃんと向き合おう」ということです。仕組みを一生懸命考えるよりも、この人はどうしたいんだろうとか、なんでこの会社に入ったんだろうとか、そういう向き合うことにちゃんと時間を使ったほうがいいです。

まとめ

ベースとなる評価制度はどんな会社にも必要だと思います。しかし、組織規模やフェーズに応じて制度の厳密さは異なります。ツクルバのようにデザイナーが6名の会社と200名もいる会社では制度の厳密さは全く異なるはずです。

評価制度は人事課題を解決する銀の弾丸じゃない、と僕は感じています。

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Q&A

Q. 若手デザイナーのモチベーション管理でなにか気を付けていることはありますか?

DeNA 楠さん
モチベーションの上がり下がりを、それ単体で論ずることはできないと思っています。自分の仕事を通じた成果でモチベーションは上がるはずなので、モチベーションそのものを先行して話すことは絶対しないように気を付けています。モチベーションが下がっている人がいたとしたら、理由を追求するよりはとにかく仕事で良い経験をさせることにフォーカスするようにしています。
ツクルバ 柴田さん
公私混同できる状況をつくるというのが一つあります。あとは、Willを問いすぎないことです。なにをやりたいかの答えを持っていない人も結構いるので。「こういうことやってみたら」とか「こういう能力が上がったらこういうことができるかも」というように、提案するコミュニケーション方法を心掛けています。

Q. デザイナーの評価者(マネージャー)はデザインに精通していないといけないと思いますか?

DeNA 楠さん
評価者は被評価者と同じ職能でないといけない、ということはないと思います。アウトプットの評価では各職能のクリエイターからリファレンスをもらう仕組みをつくっているので、ある程度仕組みで回避できる問題だと思います。あと、同じ事業体に属して「共通言語」を持っているかも重要だと思います。
ツクルバ 柴田さん
「事業会社における」というエクスキューズをつければ、デザインに精通していなくても評価はできると思います。ツクルバではアウトプットの意匠を直接的に評価に組み込んではいません。

Q. プロジェクトによって話題性の大小があると思います。目立つ仕事が多いデザイナーとそうではないデザイナーの「評価の公平性」はどのように考えていますか?

DeNA 楠さん
極論をいうと、ゲームの場合、公平性の担保を完璧にすることは恐らくできないです。例えば、タイトルAはかなり売れていてタイトルBはあまり売れていませんとなると、やっぱり結果が出ているという点でタイトルAに貢献しているデザイナーの評価は良くなります。ただ、評価システム上、成果に対する評価は賞与、個人の能力の成長に対する評価は給与に反映されます。なので、売れていないタイトルでも個人の成長次第で給料は上がる、というある程度の担保はあります。
ツクルバ 柴田さん
どういう指標が成果なのか、という仕組みがまだツクルバでは確立されていないので、現段階ではアウトプットそのものを評価材料に加えていません。どういう発揮行動ができたか、というのはプロジェクトに関わらずある話なのでそこで評価しています。

Q. 在宅勤務になってメンバーの業務が見えにくくなりました。テレワーク下でのプロセス評価は難しいですか?

DeNA 楠さん
僕は集められたリファレンスや一次評価の内容をレビューする立場なので、個人的にはあまりやりづらさを感じていません。一方で、リファレンスを集めるのが大変になったという声はあります。リファレンスは被評価者と関わりのある第三者に依頼して中間マネージャーが集めるのですが、依頼された人たちから「在宅になってあの人がなにをやっているかわからない時が結構ありました」という意見が上がってきました。そこは今後解決しなきゃいけない課題だと感じています。
ツクルバ 柴田さん
僕も評価をするうえで扱っているのが参考情報なので、個人的には困っていません。同様にプロセスの情報を取りに行くのが大変になったという声は上がっています。あと、新入社員の組織適合が大変という声もあります。組織適合が十分ではない場合、どう評価すればいいのかというのは今課題に感じています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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