「デザイン経営」宣言(2018年)の発表以降、デザインを経営資源として活用する動きが加速し、デザイン組織の構築に力を入れる企業も増えてきました。一方で、デザイナーの評価方法・制度に関しては公にされているナレッジがまだまだ少なく、正しく評価できている(されている)という実感を持てない方も多いのではないでしょうか。
2021年2月24日、デザイン組織のナレッジ共有会「#デザナレちょい見せ」(主催:株式会社ビビビット)は「私たちはデザイナーを正しく評価できているか?」をオンラインで開催。
株式会社ユーザベース、株式会社アカツキ、株式会社たき工房の各デザイン統括者をお招きし、実際に運用しているデザイナー評価方法・制度をお話いただきました。本イベントの内容を一部抜粋してご紹介します。
【ゲストスピーカー(敬称略)】
- 平野 友規|株式会社ユーザベース B2B SaaS Business 執行役員 CDO
- 柴田 陽一|株式会社アカツキ ゲーム事業部 デザイン統括 ゼネラルマネージャー
- 藤井 賢二|株式会社たき工房 開発部門 執行役員
フェアネスを「感じる」デザイナー評価の描き方
フェアネスを感じるための仕組み【道具編】
ユーザベースではコンピテンシークライテリア(※1)という評価基準があり、各タイトル(職位)に必要な能力を定義しています。タイトルをJ1(ジュニア)からL/P7(リーダー/プロフェッショナル)まで7段階に分けています。
※1…コンピテンシー:高い成果につながると考えられる行動特性。
ジュニア→メンバー→リーダー/プロフェッショナルと上位になるにつれて、「役割と期待」が段々大きくなっていくのがポイントです。
もう一つ特有の仕組みとして、目標達成度に応じてタイトルの中でさらに枝分かれします(上図)。例えば「コンピテンシーの観点を80%満たしている」という場合はM4-1になったりします。
3つ目の特徴は、タイトルの評価軸が明確なところです。タイトルの評価軸を「Value」「Execution」「Edge」の3つの大きな観点でカテゴリー分けしており、それぞれコンピテンシーが定義されています。
- Value:ミッション・ビジョン・バリューに即しているか。どれだけフィットしているか。
- Execution:職務遂行能力。デザイナーとしてのアウトプット以外にコミュニケーション能力等も含まれる。
- Edge:デザインのアウトプットやスキルに固有性があるか。
SaaS Design Div.では現在、コンピテンシーの系譜がVer.4という形でアップデートしています。ここでいうコンピテンシーとは、タイトルの評価軸3つをそれぞれさらに分解して具体化したものです。
毎回新しく入社した人たちが中心となりコンピテンシーマップをアップデートしています。そして、自分たちの言葉で納得してもらったものをリリースしていきます。このサイクルを作ることを非常に大切にしています。
各コンピテンシーの内容はタイトルが上がるにつれて「広く、深く」なっていきます。一例として、僕たちの組織にはデザインコミュニケーション力、つまり「ノンデザイナーへ伝える力」というコンピテンシーがあるのですが、各タイトルで求められる水準は言葉を変えて詳細に言語化しています。
例えばM3(ジュニア層)に関しては、伝える能力は一先ず置いておいて、とにかくまず聞いてください、とヒアリングを重視しています。生活の背景や目的意図、価値条件などをしっかりヒアリングさせることを目的とした定義です。
これがM4(ミドル層)に上がってくると、制作物の意図や価値をわかりやすい言葉遣いで置き換えられているか、またそれらを視覚的なプレゼンテーションでプロジェクト関係者に伝えられているか、といったものが求められます。
このように各コンピテンシー一つひとつを詳細に定義していき、これらをベースに評価をしていくことを大切にしています。
フェアネスを感じるための仕組み【運用編】
次に運用編です。デザイナーの評価は、大きく7つのステップを踏みながら四半期に一度行っています。
ステップ1の「ポートフォリオ制作」は特に良い施策です。例えば、(上図)左下のラフは、営業とデザイナーが直接話し合いながら営業資料のイメージを描いたものです。こうした表面化しづらい仕事は、ポートフォリオとしてプレゼンテーションしてもらうまでは気付けていませんでした。
自分が四半期でなにをしたのかをポートフォリオを作ってプレゼンテーションし、かつ先程のコンピテンシーマップを基に自己評価をしてもらいまとめて発表します。このステップは非常に有益だと思っています。
デザイン組織全員でプレゼンテーションをした後は、360度フィードバック(※2)を行います。例えば、行動指針の力はAさんはM3-1、BさんはM3-3、というように、それぞれのメンバーに評価してもらいます。その後、M5(シニア層)以上のデザイナー全員で協議し、「Aさんはここ」というように評価を固めていきます。
※2…上司・部下・同僚など、複数の視点を通して対象者を評価する手法
360度フィードバックのアンケート結果とチームリーダーが見ている景色、この二つの視点からチーム全体の評価がどうなっているのかを突き詰めます。
コンピテンシーを各観点でマッピングしたあとは、点数に置き換えていきます。タイトルの評価軸3つをそれぞれ数値化し、各小計を独自の計算ルールに当てはめて結果を導いていきます。
(上図の表)左側にあるのが、M5以上のデザイナー全員で確定させた点数表です。右側は360度フィードバックで周りがあなたのことをどう見ているのかを表した点数表になります。
自己評価とこの点数表に乖離があると、周りの評価よりも自己評価が高いのか低いのかを気付くことができます。この気付きがとても大切なポイントになっていると思っています。こうした俯瞰を経て、最後に本人の了承をもって評価が確定します。
絶対的なフェアネスは「ない」
絶対的なフェアネスというのは多分ないと思っていて、フェアネスを感じられる「仕組み」と「運用」が大切だと考えています。
ユーザベースのデザイン組織は全員が仕組みにコミットしているし、どういう仕組み・運用で成り立っているのかを理解しています。そして、自分の意見があればしっかり提言してくれます。「全員でこのコンピテンシーマップを作って運用している」ところが、僕たちのデザイナー評価の大きな特徴だと思います。
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一人ひとりの成長にフォーカス!アカツキ流の評価施策ちょい見せ
評価は、入社から退職までの「体験の一部」
評価制度は管理が目的ではありません。公平性の実現や本人の成長支援、会社や各職能組織の文化浸透を目的としたものと考えています。また、評価制度を構築するだけで目的が達成できるとも考えていません。あくまで、入社から退職までの体験のなかの一要素であり、育成や文化醸成は全体の体験のなかで考えていくべきです。
アカツキには、「トレーナー/トレーニー制度」というものがあります。新入社員には必ずトレーナーがつき、トレーニングを受けるメンバーはトレーニーと呼ばれています。トレーナーはトレーニーの成長を後押しする役割を担っています。目標設定や実行評価の記入をレビューすることもトレーナーの役割です。
今回は、アカツキの評価制度の特徴を2つに絞って紹介します。
【特徴1】やんちゃな目標
「やんちゃな目標」とは、アカツキの哲学をまとめたアカツキハートに準じる考え方です。アカツキハートは、アカツキで働くうえで大切にしたい考え方をまとめた冊子のことです。
アカツキハートでは、「メンバースタイル」「サポートスタイル」、そこから生まれる「チームスタイル」が提案されています。
メンバー一人ひとりが敢えて高い「やんちゃな目標」を立て、トレーナーはメンバーに対して意義と目的を問います。メンバーがやりたいことに対してしっかり理由を持つことで、チームが道を切り拓けるようになるというのが「やんちゃな目標」の考え方です。
トレーニーが目標設定シートを記入する際、トレーナーと一次評価者は成長を促すためのアドバイスをします。トレーナーはトレーニーの成長を第一に考え、現実味のある範囲で簡単には達成できないストレッチした「やんちゃな目標」を一緒に立てます。最終的にプロジェクトのリーダー、デザイン職能のトレーナー、トレーニーの3名で目標を合意していきます。
「やんちゃな目標」は意識しないと達成は難しいです。そのため、トレーナー/トレーニーの二人三脚で、目標達成のために必要なことに取り組んでいきます。成長の後押しはもちろん、トレーナー/トレーニーの信頼関係を構築するためにも目標設定は大切です。
基本的に「やんちゃな目標」を立てますが、プロジェクトの状況や個々の志向性を考慮して、目標の難易度を対話しながら柔軟に決めていきます。
【特徴2】評価割合は事前に決まっていない。会社としての調整はしていない
会社によっては、評価割合が決まっていたり、評価を一方的に通達しているケースもあるかと思います。アカツキのデザイン職能の評価では、被評価者との対話を経て評価を決めているのが特徴です。
また、評価に納得感を持てるように、被評価者は指定された評価者で問題がないか確認できるプロセスがあります。仮に被評価者が評価者の変更を申し立てた場合変更を検討します。
評価者を選ぶことで、被評価者は自立・主体性が問われます。自立・主体性はアカツキが大切にしているコアバリューでもあります。
「評価者変更」「評価参照者」のフロー導入
各所からこのような相談が多くありました(上図)。エンジニアは評価者を指定していたため、デザイナーも目標設定のフローを見直すことにしました。
被評価者が評価者を確認し、どうしても評価者を変えてほしいという要望があった場合、変更の相談に応じるフローを導入しました。また、被評価者の「この人にも評価の参照者として入ってもらいたい」という要望もあったので、追加で評価参照者を設定するフローも新たに設けました。
変更フローの導入前は評価のたびに相談がきていましたが、導入後は相談がなくなりました。成果として、被評価者だけではなくプロジェクト側との関係も良くなった印象があります。
このように柔軟にPDCAのサイクルを回し、評価者、被評価者、プロジェクトリーダーなど関係者同士の相互理解を深めていくことを心掛けています。
あらゆる制度は「目標達成のためのツール」
大切なのは、「完璧な評価制度はない」と全員で理解することです。あらゆる制度は「目標達成のためのツール」でしかありません。制度は目的や状況に応じて柔軟に変えるべきだと考えています。
なにか問題が起こったときに制度を絶対視するのではなく、どうすればより良い制度になるか、評価者と被評価者が一緒に問題解決をしていくことが重要です。評価する側・される側の関係はなく、より良い制度にしていくためになにができるかを考える姿勢を大事にしていきたいです。
たき工房のデザイナー評価方法 -いままでとこれから-
業績評価と目標評価
たき工房では、大きく2つの評価基準を取り入れています。
1つは「業績評価」、つまり売上による評価です。デザイナー一人ひとりの年間売上までは追いませんが、チーム単位で売上がわかるようにしています。業績評価は主に賞与に大きく反映されます。例えば、夏にたくさん売上を上げたチームがあれば冬のボーナスの期待値が高まります。
もう1つが「目標評価」です。目標評価は主に基本給に大きく反映されます。一人ひとりメンターもしくは先輩と相談しながら年間のスキルアップ目標を決め、その達成度に応じて評価をします。
例えば、Illustratorの使い方がおぼつかない新人デザイナーの場合、「今年度はIllustratorをこれぐらい使えるようになります」と、できるだけ定量化して個人目標を立てます。そして、年度末に振り返りをし達成率に応じて評価を下すようにしています。
グレード制
また、「グレード制」という職能給(※3)を採用しています。グレードが1から5まであり、基本給に大きく関わってきます。新卒は基本的にグレード1からスタートし所属年数もしくは本人のスキルに応じて上がります。
※3…従業員としての職務遂行能力を基準とした賃金制度。
グレード4から管理コースと専門コースに分かれます。管理コースでは部下をたくさん管理するポジションになります。一方で、プレイヤーとして頑張っていきたい人には専門コースを選択してもらいます。その場合、ディレクターとしての職務を活かしていくことになります。
管理コースと専門コースに分かれるのは早くて30代半ばぐらいからです。そのため、30代半ばから後半にかけて、自分がどういった立ち位置で仕事を続けていきたいのかを選べるようにしています。
業績評価と目標評価のバランス
全体評価のうち、業績評価・目標評価をどのように反映するかはグレードのランクによって比率が変わります。
グレードの低い若手がいきなり大きな売上を上げるのは難しいため、自身の目標をどれだけ達成したかの目標評価の比率を高くしています。自己研鑽が評価の大半を占めるため、安心してデザイン力を磨けます。
一方で、ディレクターや部長クラスは売上をいかに伸ばすかに重きを置いています。例えば、部長クラスになると目標評価は2割ぐらい、業績評価は8割ぐらいの評価割合になります。これにより、チーム全体を俯瞰しできるだけ効率的な運営やチームの強化策に専念できると考えています。
最後に、そもそも「なぜデザイナーを評価する必要があるのか?」という話をします。
理由はシンプルで、会社は頑張っている分だけ適正な給料をあげたいし、デザイナーは頑張った分だけ報酬をもらいたい。一方で、「デザイナーは誰に評価されたいのか」という視点もあります。
僕自身デザイナーとして考えたときに、よく知らない人に褒められてもあまり嬉しくない。やはり、誰に評価されるかも大切です。必ずしも社内の人にだけ評価されればいいのかというわけではないと思います。
例えば、給料とは別の形として、社外で評価を受けるのも一つの評価方法だと思います。また、給料が高ければいいということでもないとも思います。素直に自分の能力が認められているかどうかもポイントです。
日本の某大手ゲーム会社の例として、米国の某コンピューター会社より年収が低いにもかかわらず離職率がすごく低いという話があります。要因の一つとして、ゲーム開発にかけられるお金が潤沢だからだそうです。一方、米国のコンピューター会社は個人の裁量で使えるお金がすごく少ないそうです。
自分の給料が高くなるのは当然魅力ですが、個人ではできないような取り組みに会社のリソースを使って参画できるのはデザイナーとして嬉しいポイントです。
デザイナーの評価として、「必ず給料を上げていかないといけない」という考え方を外すと他の視点も見えてくるのではないか。評価の様々な可能性を考えることが大事だと思っています。
Q&A
Q. 売上に対するデザイナーの貢献度をどのように数値化していますか?また、そもそも数値化する必要があると思いますか?
Q. 上長の持ってないスキルセットで活躍しているメンバーに対して、正しい評価ができるのか疑問に感じるときがあります。そのあたりはどのように解決していますか?
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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