経営デザインシート」をご存知ですか?2018年に内閣府の知的財産戦略推進事務局から発表されたこのシート。
企業がこれまで行ってきたことと持っている資源、これから提供していきたい価値を明確化して、企業の未来を考えるためのツールです。

■経営デザインシート
※経営デザインシートは、将来に向けて自社が持続的に成長するために、将来の経営の基幹となる価値創造メカニズム(資源を組み合わせて企業理念に適合する価値を創造する一連の仕組み)をデザインして移行させるためのシートです。
引用元:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/index.html

そして2019年4月より知的財産戦略推進事務局は、「経営デザインシート」をリデザインした作品を募集して、コンペティションを行うとのこと。
ビジネス部デザイン課を運営する株式会社ビビビットでは、そのコンペをお手伝いすることとなりました!

▼経営デザインシート リデザインコンペティション 詳細ページ
https://www.vivivit.com/entries/keiei-design-sheet

今回はその知的財産戦略推進事務局の局長である住田孝之さんに、「経営デザインシート」とは何か?コンペを行う目的は?などをインタビュー。2回に分けてお伝えいたします。
インタビューでは「経営デザインシート」の取り組み内容から使い方、さらには日本の将来を考える住田さんの想いもお伺いすることができました。

住田孝之(すみた たかゆき)/内閣府 知的財産戦略推進事務局長

1962年生まれ。東京大学法学部卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省する。以降ストックオプションや401K、統合報告の推進やプレミアムフライデーの策定に携わる。現在は知的財産戦略推進事務局長として、クールジャパンを含む知的財産に関する戦略の責任者を務める。

本当に大事なことをコネクトして、価値を明らかにする「経営デザインシート」


ーまずは簡単なご経歴を教えていただけますか。

1985年に大学を卒業して、すぐに通商産業省に入りました。その後特許庁やソフトウェアの担当、環境庁への出向や税制の担当、FTA/EPAなどの交渉、知財の室長と、様々なところを渡り歩きました。
知財室長を担当してからイノベーションに関わることが多く、ブラッセル(ブリュッセル)に海外勤務もしていました。

ーご経歴がすごすぎて、既に緊張の度を超えました(笑)。2018年に発表された「経営デザインシート」が制作された背景を教えてください。

↑経営デザインシート(事業用シート、解説版

もともとは知的財産戦略本部において、知財というものがあまり高い評価を受けられていないのでは、と議論になったことから始まりました。
私はこれまで知財に関する仕事を何度も経験してきましたから、知財の価値とは何かについて考えてきました。知財とは一つひとつの特許の価値もさることながら、事業全体においてそれがどれだけの価値を生み出せるかが大切な部分です。
事業を成り立たせるために、知財で重要な部分を守っていたり、ライセンスしたりしているということなんです。あくまで事業があって知財がある。ですから、知財が事業の中でどのような価値を生み出しているのかをはっきりと認識して、それを用いてこれから企業・事業がどうなっていきたいのかを鮮明にすることが、重要だという結論に至りました。

そう考えたときに、企業・事業全体の価値とは何なのかと。これまでやってきたことと、これからやっていきたいことの価値は違いますよね。特にいまは時代の変化が激しい中で、どうすれば企業が長生きできるかを考えると、どこかでイノベーションを起こして、提供する価値を変えていかなければならない
これまで知財をこういう風に用いてやってきて、これからはこういうビジネスをするために、知財を含めこういうリソースを使ってこんな価値を生み出したい。
これらを明らかにするとビジネスの価値がわかり、そのビジネス全体の価値に対する知財のウェイト(価値)がわかる。それを世の中の人にわかってもらいたかったんです。

ーそこからどのように「経営デザインシート」につながっていったんでしょうか。

このようにお話ししましたが、結局難しくてよくわからない感じがしませんか?それをわかりやすくみせるために、1枚の紙に落とし込んでいったんです。
もともとはどういうビジネスをしていて、将来はこうなりたい。その過程で変わらない部分や、企業理念や目指すところは何か。そのように新しい経営をデザインしていくことを、ひとつの絵柄で見せられないかと考えたんです。

実はこれは、私自身が深く関わってきた統合報告(※)というものと発想が近いんです。
株主や取引先も含めて企業の関係者は、その会社がこれからどうなっていくのか、将来のことに関心があります。でも企業はIR資料に過去のことしか書かない。統合報告でさえそうなりがちで、過去と未来との両方を満たしたものは多くありません。それもあって統合報告はわかりにくいといわれています。
それを作成する際にも、前段として経営デザインシートを使うと、統合報告も分かりやすくなると思っています。だからこれまでの私の経験や思いと、知財関連の課題も全てをまとめて合わせたものが、この「経営デザインシート」です。

※単なる決算報告書ではなく、財務情報・非財務情報から多岐にわたる情報を統合した形での情報開示。統合レポート。

ー統合報告は財務などの数字も含めた情報を基に、会社のこれまでと将来の展望を報告するもので、決算報告書の代わりになる少しかたいものと認識していました。それがもっと気軽に分かりやすくなったものというイメージですか?

そうです。統合報告は財務的な部分と、その根っこになる人材・知財・組織の力・社外の関係者とのネットワークなどの非財務的な部分。それをどうビジネスモデルの中でインプットとして活用し、アウトプットに繋げていくのかと、アウトプットの中に財務的なもの、非財務的なものがあって……となるのですが、これがわかりにくい理由がいくつかあります。

人材や資源などのリソースについてはある程度書かれますが、そのリソースがどうつながっているかがわからない。これはコネクティビティ(結合性)についての課題です。
さらに大勢の手によって作るため、ページ数が100〜150ページを超えるなんてこともあります。これは多すぎますよね。本当に大切なことってそんなにないでしょう?それだけを書いてほしい。これがマテリアリティ(重要性)の問題です。
このように統合報告では、企業価値の創造にとって大切な部分がよくわからなくなってしまっているので、本当に重要なことだけを示し、さらにそのつながりもわかるようにしたいと。その課題を「経営デザインシート」は満たしているんです。
これは1枚の紙になっていて、そんなに多くのことは書けない。矢印もついているので、どことどこがどうつながっているかが見える。過去だけじゃなくて未来もわかるようになっているんです。

つまり現代の激しい環境変化に耐えながら持続的成長をするために、自社の存在意義を意識した上で「これまで」を把握し、長期的な視点で「これから」のありたい姿を構想する。そしてそれに向けて「今」何をするかの戦略を考えるためのものということなんです。

「これからの価値」を軸にして、企業にイノベーションを起こす

それともうひとつ重要なことがあります。これはどこから書いても良いんですが、実は一番考えなければいけないのは「これから提供する価値」のところどんな価値を誰にどのような形で提供していきたいのか。ここはこれから大きく変わっていくと思います。

過去何をしてきたかを明らかにしていくことも大事ですが、日本企業の多くはサラリーマン経営者が多く、いままでやってきたことの延長線上で事業計画を考えてしまいます。
提供するものを変えずにこれまでと同じことをやって、3〜5年で業績を何%伸ばします。それにはこれだけ経費を切り詰めて、利益をあげます、と。経営計画にこのようなことしか書いていないんですね。それではだめでしょう。
変化が激しいいまの時代、そんな悠長なことを言ってはいられません。本当に求められる価値を提供していかなければならないんです。

例えばブリヂストンは、これまでタイヤを売って株主に還元してきました。でもいまはタイヤを売っている会社じゃない。タイヤは全てリースにして、走行に関する情報を集めているんです。そのデータを基にしてそれぞれの顧客に対応したサービスや、全体的な新しいサービスを提供しています。タイヤが磨耗してくれば、交換時期だと教えてくれるような。
提供しているのはタイヤというモノではなくて、タイヤで走るというコトになっているんです。

そのようなイノベーションを起こすために、このシートはあります。会社がどうやってイノベーションを起こしていくかの、大きな手がかりになるシートなんです。
だからぜひ「これから提供する価値」から考えてみる、ということも試してほしいですね。

ー私もこれを書こうと思ったら、必ず過去から埋めようとすると思います。この「これから提供する価値」を先に書くと、過去に何をしてきたかに書けることも大きく変わってきそうですね。

そうなんです。もちろん本当にどこから書いても良くて、例えば過去から書いて未来にいき、「何か違うな」と思って過去を書き直しても良い。
片方を書いて戻って書き直してということを繰り返して、どんどん深めていくこともできます。

ーお話を聞いていると、このシートは人生の見直しにも使えそうだなと思いました(笑)。

「経営デザインシート」といっていますが、おっしゃる通りこれは企業だけにしか使えないものとは全然思っていません。個人でも同じです。
結婚や出産を考えるとき、社会人になるときや、転職するときなど様々な人生の転機に「いままでの自分」「これからなりたい自分」を書いてみる。そうすると何を捨てて何を大事にして、どういう作戦で何をすれば良いかがわかる。
地方自治体の地域活性化でも良い。国全体でもそうです。いろんなところに当てはまる設計だと思います。

ー企業が採用する際に、候補者に書いてもらっても良さそうですね。これまで自分はどういうことをしてきて、この会社で何をしたいのか。それを埋めてもらえたら面接もいらない気がします。

とても良いと思います。採用の候補者には、あなたから見えるうちの会社は?という観点から書いてもらうのも良いと思います。
会社側も、選考と同時に多くのアイデアをもらうこともできますしね(笑)。

ー新しい事業を考えてください、といったインターンも多くありますもんね。「経営デザインシート」以外にも様々なシートを作って転用できそうですね。

もちろんです。ただ私たち知財事務局が「人生相談シート」を作りました!というのもおかしいですから(笑)。メインは「経営デザインシート」ということで使っていただければと思います。

ビジネスから人生まで。共通するのは根本的な考え方

ー「経営デザインシート」でいうと、どんなタイミングで作成するのが良いのでしょうか?

統合報告を作成する前に、こちらのシートで全体像をみてみるというのがひとつの使い方。あるいは重要な経営方針の転換があるときに、ボードメンバー(取締役・主要メンバー)はこのシートのレベルで意識合わせをできれば良いのではと思います。
また企業の経営層と若手の、対話のツールとしても使えます。経営層はこう思っている、若手はこう思っているとお互いに見せ合うのも良いでしょう。

自社の財務の状況や人的リソースからみた今後の将来性を明らかにすることで、金融機関に説明して支援してもらうのにも役立ちます
さらに事業承継。親から子に引き継ぐときに、親がこれまでやってきたことを書く、そして子が今後やりたいことを書く。そうすると対話のベースができますよね。ここは譲れない、ここはこうやりたいと。
なんとなく家業を継ぐのではなくて、良いところを取り入れながらやりたいことをやるために使えると思います。

この「経営デザインシート」を用いると、会社のリソースと将来やりたいことが見えてくる。そうすると、自分の会社に足りないものも明らかになります。何が足りないかが分かれば、社内の誰と、あるいは外部のどこと連携すれば良いかがわかります。
まずは「これまで」のところを埋めてしまえば、「これから」がまだ埋められない段階から、「こんなリソースを持っているならこんなことを一緒にやっていきましょう」と外部の人に提案してもらうこともできますね。
まさに、オープンイノベーションのきっかけにもなるわけです。

ー経営層が会社全体について考えるだけでなく、各部署で行うのも良いですよね。

そのために「経営デザインシート」は「事業が一つの企業用シート」と、事業が複数ある企業用の「全社シート」「事業シート」の3種類が用意してあります。
大きな企業は何段階かに分けたり、事業別に作ってから全体に落とし込んでみたりしても良い。もっと小さな単位で、それぞれの社員がやってみるのも良いですね。
経営層がつくったものをブレイクダウンしていくというのもあります。

ービジネスから就職、人生まで使い道が広いことを思うと、これはそもそもこの考え方が大切だということがわかりますね。ひとつのプロダクトを作る過程でも使えそうです。

東京都の「ビジネスデザインアワード」の過程でも、このシートを試行的に活用していただきました。中小企業とデザイナーが一緒になって考える機会にこのシートがあると媒介になって、デザイナーも「この人(会社)は何をやっているか」がわかる。企業側も自分たちの言いたいことが言えて、デザイナーさんと心を通わせることができるという効果があったと聞いています。これは非常に面白いと思いますね。

あとはひとつの自治体ですね。プロジェクトや都市計画をすすめるときや、地域興しをしていくとき、どんな価値を地域として提供していくのかを考えられます。これは個々の企業だとできません。
バラバラに何かをつくったり整備したりしないで、リソースを組み合わせて、全体として絵柄を組み立てる。
単一の価値ではなく、いくつかの価値が組み合わさっている部分がわかると、自分の自治体ならではの価値を考えて提供できるようになります。
それらを明確に認識して、プロモーションにも使っていってもらえたらと思います。


 

前編では「経営デザインシート」制作の背景やそこにかける想いについてお伺いしました。
後編はいよいよ、「経営デザインシート」をデザインするコンペについてお話をしていただきます!

▼後編はこちら
日本企業を変えるにはデザイナーの力が必須。自由な発想で学生がビジネスを考える、脳がハッとするようなアイデアやデザインを