4月から9月にかけて、内閣府主催で行われる「経営デザインシート」のリ・デザインコンペティション。
その審査員のひとりは、プロダクトデザインにおいて多数の受賞歴があり、グッドデザイン賞の審査員としても知られる廣田尚子さん
今回は大学教授も務める廣田さんに、学生が「経営デザインシート」のコンペティションに参加する意義や、そもそも“ビジネスをデザインする”こととは?についてお話しいただきました。

廣田尚子/ヒロタデザインスタジオ 代表
東京藝術大学卒業。デザイン事務所に8年勤めたのち独立し、ヒロタデザインスタジオを設立。プロダクト・製品開発を中心に活躍し、数多くの賞を受賞。現在は企業の製品開発以前のコンサルティングやブランディングにも携わる傍ら、グッドデザイン賞審査員や、女子美術大学芸術学部デザイン学科の教授も務めている。

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ネガティブな困りごとをデザインでポジティブに

ー廣田さんのお仕事について教えてください。

長い間プロダクトの開発をメインに行っていました。現在はそこから発展して、企業自体のビジネスデザイン、経営のデザインに関わっています。事業の在り方からデザインしていくということですね。

ー「事業の在り方からデザインしていく」とはどういうことでしょうか?

そもそもデザインを依頼される際に、ポジティブな理由が起点のことはほとんどないんですよ。
売上が悪いので新しい製品を開発したい、デザインを変えたい、というネガティブなお困りごとを相談されることが多いんです。
ではその状況と企業の悩みを解決するためには、製品をつくるのが正しいのかというと、そうではないこともあるんですね。
例えば工場を新しくしたほうが良い場合や、組織を改善したらもっと良くなる場合もあります。単に製品をつくる以前に、他の可能性があるのではないかとご提案しながら進めていくと、結果的に事業デザインや経営デザインになっていくんです
いわゆる広義のデザイン、コンサルティングのイメージですね。最終的にプロダクトをつくらないことも大いにあります。

ーコンサルティングを専門的に学んでいなくても、デザイン思考的な視点がコンサルティングに生かされているのですか?

広義のデザインとは、「デザイン的な考え方でコンサルティングする」ということだと思っています。存在する問題をどう解決するかというアイデアがあって、それを具体的な結果が出るまでデザインで落とし込んでいく。
例えばその結果が新しいサービスだとしたら、どんな事業体で、どんな広報をうって、見た目やマークをどうするかの細かいビジョンまで描いていくのがデザインのやり方です。

「ビジネスをデザインする」とは……?

ー廣田さんは、さまざまなアワードにも関わっていらっしゃるそうですね。

製品開発もしながら、東京都の「東京ビジネスデザインアワード」の審査委員長や、「グッドデザイン賞」の審査委員も務めています。
「東京ビジネスデザインアワード」は、立ち上げからプロジェクトに携わりました。悩みを抱えた企業とデザイナーを結ぶマッチングをしたいと、東京都からご相談をいただいて。
私はそれをアワードにすることと、そのうえで単に“ものづくり”をするのではなく、“ビジネス”をつくる視点でのコンペティションにしませんかとご提案しました。
企業が将来的に成長できるような、プロジェクトの全体を提案してもらうコンペにしませんかとご提案をして、実現したんです。

ーなぜものづくりではなく、ビジネスのコンペティションになったのですか?

今の時代って、ただ良いものをつくるだけでは売れないんです。それをつくる企業がどんなビジョンを持っていて、どんな売り方をしているかという企業の価値が、世の中では気にされています。
企業がこれからどんな風に成長していきたいのかと、それを実現するための一部としての“ものづくり”がある。
だから全体を見通して、企業の経営に価値を生むアイデアを、デザイナーが企業と一緒になって考えていく。企業の未来と製品を紐づけてブランディングしていくことで、企業の考えを理解したユーザーが製品を買って、企業に愛着を持ってファンになってくれる
そういう全体像を構築していかないと、ものは売れない時代なんです。
ものづくりのコンペ自体は古くからありましたし、成果ももちろん出ています。ただそれだけでは、「良いものをつくるだけでは売れない」という悩みは解決しない。
だからこそ、ビジネスをデザインするコンペティションになりました。

ーなるほど。これは、どのようにして企業とデザイナーがマッチングされるシステムなのでしょうか。

まずは独自の技術や素材を持つ企業から応募をいただいて、その技術や素材を用いて異分野に羽ばたくような、時代に即したアイデアをデザイナーから募集します。
そのアイデアを事務局側で審査して、アイデアを提案したデザイナーと、技術や素材を持つ企業をマッチングする形です。
企業のほとんどはこれまで下請けがメインだったところで、自社の顔が見えるような事業がほしいということで応募をいただくことが多いですね。
マッチングをしたら、2ヶ月ほどかけてアイデアを形にしてもらい、最終選考会でプレゼンをしてもらうんです。

ー全く知らない同士をマッチングするのは少し難しそうですが、どんなプロセスで制作を行うのですか?

実は2018年度のコンペティションでは、デザイナーと企業の顔合わせの際に、内閣府が制作した「経営デザインシート」を使用したんです
企業とデザイナーが初めて協業する出会いの段階で、そのシートを書き込むというワークショップに活用させていただきました。
初めて知ったときに、頭の中を整理する最適な条件を備えたツールで、情報共有にとても役立つなと思ったんです。
ただ、ミッションやビジョンを言語化していない中小企業の方々には少しハードルの高い内容だったので、事務局と内閣府で作成した簡易版のシートを使用しました。

経営デザインシートA40620

▲「東京ビジネスデザインアワード」に使用された簡易版の「経営デザインシート」

ーシートを使用した結果、これまでと変わったことはありましたか?

初対面でも企業とデザイナーの理解が高い次元でできてマッチングがスムーズだっただけではなく、最終選考会でも大きな変化がありました。
企業の技術や素材を用いた本物のモデルをつくってプレゼンを行う際、例年のプレゼン内容は、どちらかというと技術自体やつくったものの説明が中心でした。
でも今回は、最終選考に残ったすべての提案が企業のビジネス全体をどう成長させるかという視点に立った、成長戦略のプレゼンテーションになっていたんです。

例えば最優秀賞のデザイン会社Kenmaさんは、同じ技術を使って、高額商品と低価格商品の両方をつくる提案をしています。
どういうことかというと、薄利でも多く売って利益を生む商品と、高額で少しずつしか売れないけれど、会社の看板になる商品を段階的に商品化する計画の提案でした。
会社のブランド力を高めるものと、収益を高めるものを同じ技術でそれぞれ魅力あるプロダクトとしてつくる。こういう構想をするデザインを望んでいるんだよ!と思いました。
これらの結果を見ても、ビジネスをデザインするには「経営デザインシート」は素晴らしいツールだなと実感しました。今後もビジネスデザインアワードでは使っていきたいと考えています。

デザイナーだけがデザインする時代ではない

ー内閣府の「経営デザインシート」の取り組みについてはどのように思われますか?

とても良い取り組みだと思います。
私はグッドデザイン賞でビジネスモデルの審査をさせていただいているんですが、その応募数が毎年3~4割程度増加しているんです。
つまり、ビジネスをデザインしているという企業が、大小や業種問わず増えている。デザイナーだけがデザインする時代ではなくなってきたということは、確実に感じています。
そういった中で、この取り組みは非常に意味のあるものだと思いますね。

ー今回「経営デザインシート」のリデザインをするコンペティションを行うことについては、どう思われましたか?

「経営デザインシート」の素晴らしいのは、「企業の理念は何か」「過去はどうあり・現在はどうで・未来はどうしたいか」「そのために何をしたら良いか」が区分けになっているところです。
それを学生がデザインするにあたり、なぜその項目があるかを考える過程で、ビジネスには何が必要で大切なのかがわかる。デザイン以前にビジネスを理解する、すごく大きなチャンスになると思いました。

ーコンペティションによって、「経営デザインシート」はこれまで以上に広まりやすくなるのでしょうか?

学生の若くて新鮮な目を通して新しいデザインができることは、多くの人の関心を得られると思います。
また、現在「経営デザインシート」は実際にビジネスをされている方が利用して、良さを実感するコメントが多いですが、これを機会に新しい使い方も広まると面白いと考えています。
例えばまだ学生の方々が、ビジネスを知るために使ってみるとか。デザインされたものをつかって、架空の会社について「会社をデザインしてみよう」のようなワークショップを開くなども良いですね。その中で「起業しようと思っていたんだよね」という人や、「起業って面白い」と感じる人が出てくるかもしれない。
そういうきっかけとして広まっていく機会になればと思っています。むしろ学生のほうが頭が柔らかくて、よく書けるかもしれませんね。

デザイナーでなくても、気軽な気持ちで参加してほしい

ーどのような学生に参加してほしいですか?

グラフィックはもちろんなのですが、私はぜひ建築系の学生に参加してもらいたいと思っています。
私がさまざまな仕事をさせていただく中で出会う、経営コンサルティングの方やディレクターの方、イベントに関わるお仕事をされている方に、建築出身の方が非常に多いんですよ。そういった方々は、総合的なビジネスやデザインを考える力があります。
おそらくですが、建築の学部ではゼネラリストとスペシャリストの両方を育てる教育がされているんじゃないでしょうか。いわゆるT型人材のような。
ですから今回のようにビジネスとデザインが関わり、経営そのものをデザインするという視点のときには、きっと建築系の方々は良い落とし込みができるんじゃないかなと。
そしてさらに美的なセンスも磨いているので、向いていると思うんです。

また、デザインを普段はされていない学生、経済学部のような将来使う側になる方たちにも、参加していただきたいなと思っています。
美しさだけではなく、使いやすいという提案もデザインですから。

ー応募される作品について、期待されていることを教えてください。

このシートが何のために使われるかを想像して、使う人に寄り添ったデザインをしていただけたらなと思います。
企業がより良くなる未来に向かって、視点を広げて具現化するために使うシートなので、その印象が反映されるデザインであってほしいなと。
学生のみなさんにとって今回のコンペティションは、いままでにない趣旨のものだと思います。広い意味では経営やビジネスを考える、狭い意味ではグラフィック的な美しさや機能を考える。とても複合的な要素があります。
その全てを網羅しようと思うと、苦手意識が芽生えることもあるかもしれません。
しかし、何かひとつ自分が得意な部分を見つけて、試しに参加してみようという気持ちで取りかかってみていただけたらと思います。

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